【第25回】『人生を変える”気づき”の大切さ』

こんにちは。企業成長コンサルタントの廣井紀文です。

今回は、人生を変えた出来事シリーズ3回目。

でも、そう何度も劇的なことがあるわけでもなく(笑)、今日は、現業のコア要素でもあり、コンサルとしての知識やノウハウを支える根幹。考え方。

意識改革(労働観変革)の研修に携われたこと、そこからいい意味でも悪い意味でも、おっさん化が進んだという話です(笑)。

マスコミの悪口含め、超脱線しながらです(笑)

で、怒りも手伝ってか(笑)、超長文です。

お暇なときに、読み流していただくと幸いです。

よろしくお願いいたします。

過去より、出来が悪くて上司に殴られただの、会社が強烈だっただの色々お伝えさせて頂きましたが、考えれば、要素としては、実は、ここが一番ヘビーだったかと思います。

スキル面というより、過去のいわば生き方、労働観的なものをずっと問われ続けていたような感覚でした。

師匠にはじめ、「お前は軽い」といきなり言われたのも、こういう観点で、要は当時、何にも考えていなかったからだと思います。

でも、このあたりにメスを入れられたから、今があるんだろうと思います。

言うまでもないですが、日々携わる「仕事」こそ、人生の大半を過ごすものだし、「人生そのもの」のはずです。

だから「仕事=志事」なんだと、ある人はいいます。

昨今では、「仕事人間」といった言葉なんて、ダサいだけなのかも知れませんが、今では、その論調に「あほか」と思う自分になってしまいました(笑)。

費やす時間の長さを考えても、そんなの当然やんか!

と思ってるという事です。

とても長い社会人の年月を、確実に収入を確保できつつ「心の充足感」も満たせる。

これが出来さえすれば、こんな贅沢な事はありません。

でも、わからないんですよね。

通常、サラリーマンやってると。

高次元での充足感には触れづらい。

高次元っていうのは、「自己実現に近い感覚」ってことです。

時間を取られる、束縛される。

したくない業務がある。

イヤイヤ(仕方なく)組織に属する。

こういった「ねばならない」のスタンスって、重要なもの見えなくするんでしょうかね?

人によっては、「理想論かざすな!」と言ってきそうですけど、そういう人には、「捉え方間違ってるよ」って今なら、言ってあげたくなりますね(笑)。

おそらく、無意識に「依存すること」が前提の上で、「それが普通」「そんなものだ」となってしまえば、何か心の解放にブレーキかけるんじゃないか?って。

専門家じゃないんで分からないんですが。

なんか、そんな気がします。

おそらく、マスコミの切り取りで「責任者不在の言葉」がいろいろ前面に出過だからじゃないか、って思います。

もっと自由にとか、多様性もってとか。

で、働き方改革だと。

全く本質違うだろが!って。

「ねばならない」の連発だけで、解決策何もないんで、陳腐感否めません。

テレビつければ、アイドル、お笑い番組ばかりで、子供たちは考えるきっかけ(環境)が与えられません。

それが、視聴率至上主義の弊害ってことでしょうね。

今の世の中、断言めいたことを公共の電波使って言おうものなら、すぐに批判。評論。

最近の森元首相の発言じゃないですが、「おやじの背中(を見せる)」的な言葉を使えば、古くさ!で済みますが、「男だったら、女だったら(のくせに、だから)」と言えば、ジェンダー論?男女雇用機会均等法にひっかかる?

こういった話って、ワイドショーで数日掛けて取り組む話なんでしょうか?

どっかの掲示板に一回のせときゃ済む話でしょーに(笑)。

それでは、目的の視聴率さえ稼げないのでは?

とも思ってしまいます。

まあ、見る人いるからやってるんでしょうけど。

本音が言えない。だから、議論も深まらない。

「なんて、時間の浪費なんだろうか?」と思います。

別に、私は森さん擁護派でもなんでもないですけど(笑)。

で結果、若者たちは何が重要か?

なんて考えることなく「迷い、惑い」ます。

こういう事で思うこと、いっぱいです。

「不自由な」状況、「自分を鍛える」なんて、古臭いと。

でも、「何のために働いてんの?」

お金はついで(に得るもの)であって、

重要なのは「心の充足なんだ」と。

だって、「お金」は基本、

満足買うためのツールでしょ!って。

こんな論調どこに行ったのでしょう?

誰かどこかで言ってますかね??

なんかダメですね。こういう話(笑)。

もう「モード」に入っちゃって、怒りがわいてくるのか、すぐ興奮してしまいます(笑)。

要は私は、もっと早くに知りたかったし、早くわが身のものとしたかった。

本当にそう思います。

「軸」なんて言葉を使えば、ハードル上がるでしょうが、だから大人は「意見」を持つ、はっきり伝える。

「古臭くても、いいものはいい」

「間違っててもいい」

こういう姿勢でいいと思うんですけどね。

間違うから子供達は、いつかだけど「気づける」んですよ。

要は、「仕事を前向きに捉える」、「自分の未来に希望を持つから、きついのは当然だ」、「そういう事からしか、得られるものはない!」ってことこそを、もっと子供たちに伝えるべきだって、

頑固なおっさんとなった私は、言いたかったのでした(笑)。

で結局、みんな「自分の可能性に気づく」って事が、お国自体も元気にするのではないか?と思ったりもするのでした。

お粗末さまでした。

PS

実は、ここ記事の執筆直前にご縁のある倫理法人会の「経営力を磨く」という内容の経営者セミナーを受けてきました。

お話が面白かった事はさておき、内容もとても引き込まれる内容でした。

「断捨離の重要性」
「周囲のへの感謝」
「あるがままの受容」

全部、ビンビン心に響きました。

やはり時代はどうであれ、「心を研ぎ澄ませば、そうははずさない」ってことだと思います。

やっぱり「解放」ですね。こんまりさんって、おられますよね。片づけの。

この方の話も出ましたが、この方が断捨離進めながら、クライアントの人生まで変えてしまう。

嘘みたいなほんとの話。

結局あれも、「過去への依存」を断ち切らせている行為ですものね。だとしたら、もの凄いです。

なかなか気づけません。あのメソッドは。

でも、考えたら、私も幸か不幸か、私も気づけば体験してました。

父の事業の失敗で、家結構変わってきましたから。

そのたびに、荷物まとめて移動させ、いつの日か、結構大事な(?だったはずの)もの相当捨ててきましたね。

アルバム、手紙なんて典型です、見始め出したら、引越し作業なんて進まない(笑)。

みなさんも、少なからず経験ありますよね?

ものって、「執着(=過去の話)」ですもんね。

「前(=未来)しか見ない環境作り」

改めて、めちゃ大事と感じました。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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