こんにちは。企業成長コンサルタントの廣井紀文です。
今日は「熱海の土砂災害から思う事~人災、モラルについて~」についてお話しようと思います。
・中小企業
・綱わたりの企業経営
・ばれなきゃOKで
本当にいいんだろうか?という話でもありますね。
一方で、どこまでも推測の域は出ず、先走り感は否めないのですが、
行政も、そんな体たらくでいいんだろうか?
もっとやる事あったのではないのだろうか?
という事が言いたいという話です。
どうぞよろしくお願いします。
また今年も嫌な大雨の時期となってきました。もう、毎年の行事のようになってきましたね。
毎年、日本各地のどこかで、異常ともいえる気象現象があり、思いもよらない災害が起きて街や、尊い人命が失われています。
もう、誰も何が起きるか分からない。
明日はわが身。
毎年、この時期はびくびく生活しなきゃいけないんだろうか?と、実家が山寄りにある私は、そんな事さえ思ったりします。
私は九州の人間ですので、こういた話は比較的幼少時から見聞きした事も多いように感じていますが、
こんなに多くの方々が、毎年、不本意にも災害に遭われる状況は、それこそやはり、尋常でないと思います。
最近起こった熱海の土砂崩れ災害。
ここで話題に上げること自体ひょっとしたら不謹慎なのかもしれません。
しかし、こういった異常気象のせいという論調の他に、山頂付近の「盛り土」の量にも原因があったとか・・・。
なんでも、当初の届出時は基準値クリアしていたものの、その後の管理がずさんで、結局、災害時直前には、山頂にその何倍もの「土の量」があったとのこと。
長年にわたる土地の形状変化、施工不良、ひび割れからの雨水浸水等の条件が重なった事、これらも土砂崩れの一因になり得ている、とのことのようです。
要はヒビも入った脆い土台の上に、積載可能重量以上の重荷が載って、当然のごとく崩れ落ちた。
この可能性が否めないとのことです。
いやはや、なんとも罹災された方々は、悔むに悔まれないお気持ちではないのでしょうか。
こういう話ともなれば、「誰のせいだ!」と責任論が出てくるのも止むを得ません。「人災」だとも思ってしまいます。
真の行政サービスって、一体何なのでしょうか?
私は仕事柄、組織特有の「危機意識の欠如」からの怠慢。
結局は、真のリーダーシップが発揮されているような状況ではなかったのではないか?
厳しくもまた、理想論に感じられるかも知れませんが、そんなことを勘ぐってしまいます。
確かに、産業廃棄物の不法投棄の問題とか、こういった社会的モラルの低い会社や業界って、悲しいですがまだまだ多いです。
指導を聞かなかったり、こんな行政の管理マネジメント(制度)の不備を、突く方も突く方ですが、責任逃れのマスコミ論調に、そもそも監督官庁たる行政は、どこまでリスク管理ができていたのだろうか?とも考えてしまいます。
近年これだけ毎年、局所的な大雨が降るなかで、本当に、こんな想定力(想像力)でいいのか?
地域のモラルの無い会社の存在なんて、そんなの前提条件じゃないのか?とそう思ってしまうのです。
言い過ぎかもしれませんが、これは全てリスクヘッジの範囲だと思うのですが、みなさんは、いかがお考えになられますか?
所轄の地域を全範囲で理解し尽くす、使命感や責任感、主体性から来るリーダーシップ。
思い切り抽象論あげてますが、一つ一つすべきこと決めたって、網羅できる様な事象とは思えません。
表面的でなかったか?
効率ばかり追い求めていなかったか?
予算の関係上、縦割り組織の弊害等・・・
こういった事情から、本当に予測不可能な状況だったのか?
再発防止の為にも真に検証する必要があるように思います。
一方で、話を少し変えますが、今は、そうそうキレイごとだけじゃ「利益出せない」。そんな世の中です。
うがった見方でしょうが、特に大企業は、外部からの監視があるから優等生を演じざる得ないって側面があります。
中小では、なかなか出来ません。
もちろん、だからといって行政指導を無視して良い訳でもなく、コンプライアンスを遵守しない企業を擁護するつもりも一切ありませんが、
SDGs然り、ESG投資然り、海面上昇による小さな島国の国土水没の話にしろ、今回の局部豪雨にしろ、そもそも人類が、過去に『持続「不」可能な事やり続けた』から今さらこんなことになっている、って話であって、
今起きている現象は、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」的な、責任者不在の価値観の延長であり、究極的には、他者(自然や他国)から搾取するが前提の、
「資本主義の本質」
「エゴ追求のなれの果て」
のような気もします。
今よりも豊かに、今よりも便利に。おいしいもの、キレイなもの、快適なもの・・・。
欲望はどんどん大きく、強くなって、今では、もう歯止めが利かない。
これが本当だと思います。
立場上、日常的に「生き残る」「勝ち残る」的な価値観を出し続けている私ですが、それは、そうやって自己を追い込むことで、成長しながら、知恵を出せる(高付加価値)人間になる、ってことが目的であり、出し抜く価値観を推奨しているわけではありません。
しかし、もう年齢からなんでしょうか。
こんな大きな事故が起きたから考える、のでは無く、成熟した大人として、次世代に、真の意味での「持続可能な地球」を継承していく。
こんなことを真剣に考える年代になっているようにも感じます。
今回は、この事故でお亡くなりになられた方々には心よりご冥福をお祈り申し上げ、終わりとさせて頂きます。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
