こんにちは。企業成長コンサルタントの廣井紀文です。
今日は「世間の評論・批判体質と企業価値との関連性」についてです。
結構、大それた題名となりました(笑)。
明確な関連性がある!って話でもないのですが、少し感じていることをお話したいと思います。
よろしくお願いします。
先日来、来週末に差し迫ったオリンピックについて、相変わらずマスコミは騒々しくしていますね。
IOCのバッハさんから菅首相へ、「状況が好転すれば観客入れて欲しい」を問題視する声や相変わらずのコロナ対策責任論。
私は今、月の半分が広島滞在なので、バッハさんの広島来訪反対演説や当日のデモも、若干ですが直接、垣間見ました。
市民が行動で意思表示をする。それ自体は、決して責められるどころか、賞賛されるべきでしょう。
でも、正直「そりゃ、来るだろ」って、ぶっちゃけ感じてしまいました。
だって、世界に稀有な体験をした場所だから。一定の世界的影響力のある人間が、核がもたらした惨状、事実を知る。
私には、何もいけない事のようには思えませんでした。
行動自体はいいのですが、そういう行動の元になる情報ソース、何を拠り所とし、そんな行動を取るのか?
表面的にしか首を突っ込まず、ひょっとしたらここにあげる話でもないのかも知れませんが、評論・批判大国とも言える今の日本、思わずそういう類なのかな、と思って見てしまいました。
視座の違いって話だと感じていますが、もし見当違いなら、お詫びしなくてはいけないかもですね。
今のマスコミの姿勢が、著名な人間が、なにか変わった事(目立った事)をすれば、批評する、評論する。
本質に触れない、国民感情を煽るだけの行為だったら意味がない。そう思います。
「情報」というものに関して、今ほど、機会均等が図られている時代は過去に無いように思います。
奇しくも、今日の日経電子版に、「AI解析した結果、フェイクニュースと正しい情報のSNS拡散の「形」が違う」といった内容の記事がありましたが、今は、玉石混交で検証もされないまま垂れ流しです。
デマ情報、切り取り、情報の上流での恣意性を排除できない限界感を、感じる日々です。
だから我々は、「しっかり取捨選択が出来なきゃいけない」って話ですね。
まあ、他意なく申し上げて、中小企業には、それ以前、つまり、日常で世間の情報に、主体的に触れようとされない社員の方々も、結構多いんですけど(笑)。
そういった方々は、情報にたどり着く前の、IT操作段階でつまずき、サジを投げる。こんな状況もあるような気がします。
今、コツコツ勉強してもらって、着実な情報取得のパイプラインを作って貰わないと、めちゃマズイ。どんどん差が開くって、そう思います。
話いきなり変わりますが、企業価値って、みなさんどうに理解されていますか?
まあ、正解なんてないかのようですが、時代の変遷で、バロメーターが変わっています。
売上や利益といった会計的なものだったり、市場の占有率、すなわちシェアーといった概念、ROA的な投下資本に対する効率性だったり、昨今ではダイレクトに、株価(上場企業)って回答もあるでしょう。
でも、結局は「永続する力」です。
言い換えるならば、「将来の収益を上げ続けられる力」。さらに言えば「将来の業績」です。
なぜなら、前者は全て過去の実績だからです。
こういった話は、過去よりしてきましたが、それを作る力の源泉は、労働集約型の企業、すなわち社員を雇用し続ける事が宿命とされる企業や業種において、構成員の「強化」に他ならない、という事です。
これらが前段の、世間の「評論、批判体質」って話とどうつながるんだ?って、思われるかもしれませんが
評論、批判体質の人って「伸びない」って事なのです。
たとえ、どんなに高学歴で、優秀な頭脳を持ち合わせた方々であっても、ベテランになるまでの過程で、プライドだけの評論家社員さん方は、会社の「がん細胞」になり得てしまいます。
長年かけて、できあがった社員さんが、結局「がん細胞」ならば、中小企業は目も当てられません。
「評論、批判」ってそこには、自己の実行、行動、主体性がない。
要は、「先んじて、傷つく勇気」がないってこと。
条件の揃った人材がいるであろう大企業であっても、昨今は将来の必勝パターンが描けない時代。ましてや、中小は資源に乏しい。
各人が、情報入れて、自分で考える。考えて知識から知恵(経験値)に転化する。
トライ&エラー、動きながら、傷ついて学ぶことでしか、戦えないと思います。
「企業価値をあげる=将来の業績をつくる」
それは、社員の労働観、価値観、考え方を修正する。
ここに気づくこと。そこからです。
こういう風土をつくる事が、「高い価値企業=変化に対応でき、将来の業績を保証できる会社」の一歩となる。本気でそう思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
